白いベットに、少年は眠っている。カーテンの閉め忘れられた窓から太陽の日差しを受けよ
うとも彼は、起きるそぶりを全く見せない。
 まあいいか、と目線を少年から手元の紙に移して、担当の子の情報をインプットする。
名前――東海林瑛(しょうじあきら)。
年齢――現在は十歳。
性別――男。
彼の死亡時間は十二年後。
 つまり彼は、22歳という短い時間で生涯が全うされるのだ。
 そんな未来の不幸を予測していないであろう少年は、今もこうして眠りに沈んでいる。

 少年が起き、朝の支度を終えて学校へと向かった。
 別段他と変わらない朝の風景。一つ違うとすれば自分が少年につきまとっているという事で、
彼等には自分をみることはできないためどうでも良い。
 学校につくと瑛は朝の会と呼ばれるホームルームが始まるまでの時間、友達を誘ってドッチ
ボールを始めた。それを遠巻きから眺める。すると「よっ」と死神の声がした。誰かと思って
振り向くとそこには、
「……お久しぶりです、先輩」
 懐かしい人がいた。彼女はニコッと笑顔をつくり、だけども「――先輩って呼ぶなって言っ
てるでしょ」
「無茶苦茶怖いですよ、ヤヨイ」
 こちらも出来る限りの笑顔で応戦しつつ彼女の愛称を呼んだ。
「調子は、どう?」
「えーと、ほら。次の担当があの子です」
 ヤヨイは指差した方を見て「……人混みを指差されても判んないわよ。アラ、もしかしてあ
の子全部?」
「一体どんな災厄ですか、あの子達全員って」
 冗談に対して真面目に返す。それは生前の癖、というより呪いに近い。
「冗談に決まってるじゃない。まあその子がいつ死ぬかは知らないけどさ、それとあなたの調
子がどう関係するのよ」
「あの子が死ぬまでの十二年間、暇貰っちゃいまして」
 すると彼女は自分をやや冷たい目で流し見て、「へえ……まあ頑張りなさいよ」と言った。
 まあそんな言葉がでるのも無理もない。こういう風に暇を貰うと言うことは、死神としての
質が落ちている事の表しだからだ。
 だから、考えるのだ。その十二年間という長い時間、この子にはどんな鎮魂歌が必要なのか、
と。
 そしてまた時が過ぎていく。

 放課になった。瑛はすぐに家に帰り、そしてすぐに家を出た。昼間、友達と遊ぶ約束をして
いたからそれなのだろう。
 いつもの場所と言って向かった先は神社だった。ついでに向かう途中に数人と合流、歩きな
がら何をするか話し合っている。
 で、一人ばかり体調が優れないと言うことでかくれんぼ二回→時間になるまでだるまさんが
ころんだに決定、全員集まるまで待機。
 暇なので適当に神社の中を歩き回った。……語弊があるが、どうでも良いか。社は勿論入れ
ず、敷地も狭ければ隠れ場所も疎い。
 こんなのでかくれんぼが出来ると言うのか。そんな風に思いながら先程の場所に戻ると、
「――しまった」
 既に始まっていた。くそっ、何で自分も鬼とならなければいけないのかっ。
 やがて見付けた。どうやら何かを観察しながら移動を繰り返している。目線の先には鬼役。
なるほど、隠れる場所が少ない分鬼に見付からないように移動し続けているのか。
 そうして時間になるまで瑛は粘った。ひたすらに粘った。見付からないように隠れながら相
手を観察、見付かりそうだと感知した場合は場所を変えて再び観察。
 ――コイツ、将来の夢は忍者か何かか? 移動が何ともあぶなっかしい。二……いや、三メー
トルか。その高さの岩でできたでこぼこした壁を登ったり飛び下りたりしているのだ。まあ自
分は浮遊できるので苦もなくついていけるのだが。
 そのおかげで瑛が見付かったときには、もう一度かくれんぼする時間がなくなっていた。

 あの後時間いっぱい彼等はだるまさんがころんだを楽しみ(実際に楽しめたのかは定かでな
い)家へと帰った。
 そして家族で夕食を食べて宿題を軽く済ませ、後は寝るだけとなった。
 そんな風に一日が終ると言うときに、彼は言った。
「……お前、何者なんだよ」
 ハテ、と辺りを見回してみる。ここにいるのはこの東海林瑛と、自分だけ。ってことは、何、
まさか……!?
「自分の、ことか」
「そ、アンタ」
 そう言い放ちつつ彼は、間違えることなくこの存在を、睨んでいた。

「――――…………へえ、死神ねえ」
 一応名刺なるものを渡して自己紹介を示した。話を聞くとこの少年、昔から死神が見えてい
たと言うのだ。
「で、何でその死神が俺につきまとってるわけ? あ、そうか、俺死ぬのか」
「いえ、あなたが死ぬのは十二年後……です」
「なんだよ、今の間は」
 そこは敢えて沈黙で流す。稀に、死期が変動する魂があるからだ。しかも生前、死神と関わ
ったものは例外無く延びるなり短くなるなり予定日に死んだ例しがないらしい。
「そうか、やっぱり言えないか。まあ俺が死ぬっても今や明日じゃないんだし、もう寝るよ」

 翌朝、カーテンが陽をとめようと頑張る効果がなくなってきたころに瑛は目をさました。昨
日の時間を考えると、どうもコイツ、生活が不規則になりやすいようだな。
「なんだ、まさか徹夜してたのか?」
「目覚め一番にそれですか。挨拶ぐらいしましょうよ。ってわけでおはよう」
「ん、おはよう」
 彼は上体だけ起こして背伸びをした。目元に微かな水痕ができる。
「で、徹夜の話だけど。アンタは寝ないのか?」
「寝ない、っていうより寝れないと言った方が正確ですが」
「ああ、休める体もない、と」
「聡明ですね」
「ソウメイ?」
 とりあえず苦笑とともに「親にきいてくださいな」と返す。
「んー、とりあえずアンタ、名前はあるのか? 昨日もらった変な紙、変な数字しか書いてな
かったけど」
「人間だったころの名前なら……」
 そこでふと息をとめる。この前、最後に自分の名前を出したのはいつだったろうか。死んだ
直後、ヤヨイに名前を呼ばれるまで真名を忘れていたぐらいなのだ。そして、今やっと自分の
名前を意識する。
「新海栄司、です」
「シンカイ……? 珍しい名字だな」
「東海林も負けず劣らずですが」
 お互い苦笑。その時下の階から、目覚ましの音がジリリリリリとなった。
「……なあ。アンタ、死神なのに鎌を持ってないんだな」
 瑛の、年齢相応な質問に思わずドキッとする。
「ああ……私はね、鎌は好きじゃないんだよ」
「なんで。鎌は、死神の象徴だろ?」
 その純粋な思いに、不適であろう笑顔をつくって答える。
「鎌は、死神の鎌は道具としても与えられているんだ。例えば死者の未練を強制的に断ち切っ
たり、死の予定を過ぎても死なないものを君の思うように殺したり。そしてこれはご命令が来
たときしか使わない」
 そう言い切って、鎌を取り出す。空間から浮かび出すように。――一瞬、少年の幻想に引き
ずられたのか、もしかしたら鎌を常時装備してないから質が落ちてしまったのか、と思ってし
まった。
「そして、私はそれを好まない」
 ――様々な未練を斬ってやることで確に魂は楽になれるのかも知れない。だけどそれは……
――
「へえ……なんだかな、やっぱり予想ってのは外れるものなんだな」
 瑛の呟き。私はその意図が分からず口を閉じる。
 それを促しと取ったのか、彼は続ける。
「ほら、死神ってとゲームでは最強の存在とか、殺し屋とかの抽象的なもので使われるだろ。
そして俺もそんなものだと思ってた。文字通り死を司る神、死神。その名前にのっとって生者
を殺すものなんだって」
 まあこれは受け売りだけどな、と彼は加える。
「だけど実際は何だ。お前を見ている限りとてもそんなものには見えない」
「所詮物事なんてそんなものですよ。無知が集まって、知恵があるようにみせてるだけですか
ら」
「……よく分かんないけど、そうかあ。とりあえず間違ってたら改めたら良いんだな」
「はい、その通り」
 私は思わず嬉しくなって反応する。
「……って、朝御飯か。じゃ食べてくる」

 夜。彼はらしくもなく新聞をあさった後テレビをつけた。
 一階からは野球中継をしていると思われる放送が囁いている。そして彼は、テレビをつけた
後迷わずチャンネルをあるものにした。
 現在除霊中。参事だった。それを無言で眺めながら、時たま嫌そうに顔をしかめて、瑛は言
う。
「なあ……俺はずっと昔からアンタら、死神達が見えてるんだけどもさ。まあいわゆる普通の
幽霊ってヤツは見たことないんだ」
 瑛は眉間を厳しくさせる。なるほど、幽霊を見るために、それ関係の話題にするためにわざ
わざこんな番組をつけたのか。
「普通の幽霊だなんて、私とてあまり見掛けませんよ。ましてや成仏できてない幽霊だなんて
死神がちゃんと仕事してない証ですからね、見たくもありません」
「あ、そうか。そういやあ死神ってのは死者を救う存在だったな、すっかり忘れてた。
 ……ところで、アンタは人間だった時、何やってたんだ?」
 その質問。その類の質問は、私には禁句だった。
 瑛の言葉が終るや否や私は背負っていた大鎌を手にとり、そして彼と未だ徐霊中のテレビの
前にかざす。そして、私は言った。
「私は――生前も、死神だった」


 そして三日後、瑛は車にひかれて死んだ。素晴らしく思えるほどの、即死だった。