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たった一夜の魔女のため息


 ハロウィン。
 それはまあ皆さんご存知のように、悪魔や魔女をモチーフにしたコスプレ衣装
を着て近所の家々の人に「Trick or treat?」と言いながらまわるお祭りだ。
 そのはずだ。
 だが、この国じゃあそんなことは行われない。伝わった元の国の方でも、都会
ではおそらく行われていないだろう。ってか行われていたとして、しかしビルの
間やアスファルトの上をあんな衣装をした子供達が歩き回るというのはどうも想
像がつかない。
 そして名前だけが広まっていて、由来などはあまり伝わってない。これはハロ
ウィンだけに限らないことなんだけど、本質をなくした祭りは排除するべきでは
ないのだろうか――
 街中がハロウィンセール等で賑わっている今現在、彼女はそんなアンチフェス
ティバル的な思考をしながら、一人誰もいない公園のベンチに座っていた。
 それを見ながら、言葉を交す影が二つ。
「本日十月三十一日、ハロウィン当日。今宵一夜限りの奇跡の幕があがる――っ
てか? 十六夜」
「そんな固いセリフは言わなくていいじゃろう、鴉歌月賢夜」
「お前が言うな」
「しかしあの娘はいい。十分に魔力を宿しているからな、賢夜の初めての相手と
して十全すぎる」
「なーんか傍から聞いたらえらい内容に聞こえる気が」
「気のせいじゃろう。さて、今回の行動予定内容の中核を言え」
「あの娘を一夜だけの魔法使いにする、だろ? しかし魔法なんて、いくら素質が
あるとして一夜だけで使えるようにならないだろ、ジッチャン」
「誰がジッチャンだ誰が」
「俺だって化け猫のジッチャンなんて持ちたくなかったよ。まあ今は俺を指導す
るための使い魔だけどな」
「如何にも」
 一般男性の膝元まである大きさの黒猫は、まるで何かに同意を求めるように頷
いた。
「お前の爺でありそして私のオリジナルでもある鴉歌月十六夜は、後世の輩ども
を指導するためにわざわざ捕獲した化け猫に己が精神情報をコピーしてこの十六
夜をつくった。使い魔と言うものは基本的に術がきれるまでを生命の時間とし存
在し続ける。しかし私は使い魔であると同時に術者でもある。術者の私が使い魔
の私に術をかけ続けている以上私の命は永遠と同義でもあり」
「もういいよ。ってか話がずれすぎだ、と言うわけで戻そう。確認その二、彼女
を覚醒させた後切れるまで彼女とそのまわりの存在を保護する」
「……その三。姿を表すときは?」
「わかってるよ」
 先程に鴉歌月賢夜と呼ばれた少年は、その変装した風体をベンチのすぐ後ろに
出現させて、言った。

「――――“Trick or Treat?”」

 その声は彼女のすぐ後ろから聞こえてきた。
 とっさに振り替えると、そこには何かがいた。弱い風にすらはためく、全身を
包むローブめいた大きすぎるマントに髑髏の顔――手に大鎌を携えていれば、そ
れは間違いなく死神にしか見えないだろう。
「Trick or Treat?」
 流暢な発音でその死神は繰り返す。死にたくなければ菓子をよこせ、と。
 だけど、彼女は――
「――お生憎さま。私、何も無いわよ」
 そんな菓子とかもってるはずないじゃない、と内心で毒つく。
 さて、どんな詐術が私にふりかかるのだろうか――? 彼女がそんな風に身構え
たとき、死神は意外にも、
「だろうね」
 とやけ若いそうな割には落ち着き払った声で言った。そしてそのままベンチの
前に移動し、彼女の隣に座る。
「――――」
 コイツ、小さい。何がって背が。座高だけでも私の首までも無い。さっき振り
向いた時には大きかった気がするのだが、足でも……長く、ないようだ。
「ところで姉ちゃん」
「何?」
 コイツの年齢は大体、高くても十四歳だと彼女は目星をつけた。逆は十歳。
「お姉ちゃんも変装しないの?」
「…………」
 えっと、何て答えればいいんだろう?
「今日はハロウィンだよね。だけどみーんな変装してないんだ。コレっておかし
くないかな」
 まるで先程の思考がただ漏れになっていた様な感覚に一瞬、ドキッとさせられ
た。だけど、うん、しかし……死神の面つけたままそんな子供言葉使わないでよ

「あのね」
 彼女は溜め息混じりに口を開く。
「私はもう変装する年齢じゃないの。変装して良いのはあなたのような子供だけ」
「だけど、変装してる大人もいるよ」
 ……従業員とか店員とかアルバイトとかのことね。私の嫌いな屁理屈だ。
「まあ変装するとして、何に変装すればいいかしら」
 何となくきいてみた。
「魔女、かな。うんお姉ちゃん魔女が似合うと思うよ」
 魔女、か……彼女はそう呟きながら自分の体にローブを着せてトンガリ帽子を
被せるイメージをしてみた。
「ちょっと。全くっと言っていいぐらいに似合わないじゃない」
 そこにでたのは通報されそうな、あるいはコミケというものにきそうな怪人物
だった。
「ううん、似合うよ」
「だから何でよ。それとも実際に着させてみないとわからない?」
 やれやれ、と言った調子に死神の方へと振り返る。その時彼女の瞳に映ったの
は、
「輪郭でなく、意味合い的なもの、でね」
 こちらをむいた、奇妙な少年の姿だった。
 髑髏の面は外され、漆黒のローブの中に代わりに浮かぶは白い素肌。そして穴
でも穿たれたかの様な黒瞳は静謐に彼女を映し返していた。
(こ、この子は……?)
 素顔をさらした、だけ。だけなのに何故こうも、何か奇妙な気持悪さがするの
だろうか――
「“Trick or Treat?”」
 そうして彼が紡ぐ言葉はまるで呪文。こちらが何も差し出せないと分かってい
ながら、でも択べと迫る悪魔の言葉。
 差し出せない。
 さしだせない。
 悪夢の代償として貢ぐもの。それを私は持って、ない。
 恐い、怖い。何故だろう。隣に座る彼は本物だという錯覚が、する。
「――なあんだ。やっぱり、何もだせないんだね」
 タイム・アウトの宣言。それが彼女には死の宣告の様にも聞こえた。
「約束だもんね、悪戯しなきゃ。じゃあ――魔女に、なって貰おうかな」
 造形された様な顔を子供特有の無邪気な表情にして、彼は言う。
「たった一夜だけの魔女に」



「……おぅい?」
「…………ぅ」
「お。意識あるか、神野」
「……、ん?」
「おーい起きろ。じゃないとこのまま強姦すっぞ」
「――それは、嫌」
 ってか誰、そんなこと口走るヤツ。
 とにかく犯されるのは嫌だから起きようと試みる。て、あれ、体が痺れて――?
 なんとか瞼だけ開ける。すると必然、私の顔を覗き込んでいる人の顔が視界に
ドアップで――――
「って萩原くん!?」
「お――ギベッ」
 鈍い衝撃。
「がっ、が……いきなり上体起こすな神野!一瞬意識とびかけたぞ!ってかどん
な衝撃だよ意識とびかけるって」
「ご、ゴメン。ってあれ、ここ……」
「そ、公園のベンチです神野様」
「う、その物言いは雅香鴻季?」
「疑問系ですか」
「さっさと目を醒ませよ神野。状況把握がお前のとりえなんだろ」
 ……確かに取り柄なんだけど、状況把握。それはそれで酷い話なのであまり認
めたくなかったりする。特にこの二人の前では。
 しかし状況把握をしなければいけない状況の様で……ああ、何だろこの矛盾さ
ながらな流れ。
「うん、ちょっと時間頂戴」
「手早く済ませてくださいね」
 鴻季はだまってろ。
 と、気をとりなおして……ベンチに座っていたら後ろからなんか声をかけられ
て――どんな内容だったっけな、思い出せない。でも何か、魔女と言う言葉が――
「――魔女?」
 しまった、思わず口に出してしまった。わ、約一名からの目線がとっても痛い。
「ん?お菓子を持ってなかったから魔女に意識抜かれたのか?」
 うわあ、そういってくれる萩原くん……ん?――!そうだ、お菓子だ!
 死神の格好した少年が言ったのは、確か魔女にしてあげるとかなんとか。てー
と、私は今魔女?……魔力って何、美味しいもの?
 でまあ、いつの間にか少年に寝かされていて(多分)、それを二人が発見した
と言うところだろう。
 二人と言うのは勿論目の前にいるこの二人――萩原清迩くんと雅香鴻季さんだ。
 二人とも同じクラスで、そして二人はいつもべったりくっついている。自由時
間では、個々にいるのを見れるのが逆に珍しいぐらいに。
 それで、今日もだそうですね。
「うん、状況把握完了」
「ちょ、早すぎ。三秒もたってないぜ」
「ゴメンナサイね、状況把握が取り柄なの」
 私はそこでふと右の方に目線を向ける。まあそっぽを向きたくなっただけで深
い意味はない。なのに、思わず眉を寄せてしまった。
 目を背けたその一瞬だけ。先ほどの少年らしき影がそこの茂みの前に立ってる
のが見えた気がしたのだ。
(――そういえば)
 先程、声をかけられる直前までベンチのまわりに人の気配なんてなかった。気
配を消すにしても、これだけ風の強い日にあんなマントを羽尾っていたら、ただ
立っているだけで風になびく音がしてしまう。だのにあの少年は、そんな音すら
たてなかった。まるで湧いて出てきたかのように――。
「さあ清迩様。早くパーティーの準備に行きましょう?店がしまってしまいます」
 私の思考は、そんな鴻季さんの言葉によってこのベンチの上に戻された。とり
わけ絡み付いてきたのはパーティーという単語だ。ああそっか、なんか二人は婚
約者とかなんとかっていう噂が広まった時期があったなあ。なんで静まったのか
が不思議な話だけど。
「しまるってまだ三時だろ?それに取りあえず何になるかは決まってるんだから
そう時間かからないだろ」
「わかりませんよ。もしかしたら他に良い衣装があって、それにしようか悩むか
もしれません」
「ああ、正論。でどっちがいいかと聞かれた俺が決めるんだな」
 まあいつものパターンだ、と頷く彼。鴻季さんもまあそうですね、と曖昧にい
っている。……何だろうこの雰囲気。萩原くんは何かを待っているかのように延
長を試みて鴻季さんはそれを拒否しているような……まさか、ね。自惚れるな自
分。
 だけどうーん。二人の話題に入っちゃって良いかなあ。
 帰っちゃえ。
「萩原くん」
「う、うん?」
 面食らったような反応をする彼氏に冷ややかな視線を投げ掛けた彼女は、次に
コチラに期待に満ちた様な目線を突き刺してきた。何だかとっても敗北感がする
んですけど――まあ事実敗けてるんだからしょうがない。
「起こしてくれてありがと。私そろそろいくね〜」
 わざと呑気な声で別れを告げつつベンチを立つ。途端、雅香さんにもかけない
ような、何かとってもたどたどしい声色で萩原くんが私をこう呼びとめる。
「あ、あのさ、もしよかったらなんだけと、パーティーに来ないか?」
 …………雅香さんの反応は言うまでもない。恐い、てか視線が死線になりそう

「うわー、“婚約者”の前で別の女性をデートにさそうなんて、やるねえ萩原く
ん。意外とプレイボーイ?」
「まちなさい、弥雪」
 そこで、静謐な声に空気をとめられる。出したのは雅香さん。普段誰にでも『
様』という敬称をつける彼女が、今、私の名前を呼び捨てにした。
 私は助けを求めるように萩原くんに目線をおくる。しかし彼は彼女の後ろで肩
をすくめるだけ。あれ、いつの間に――ついさっきまで、彼女の方が後ろにいた
はずなのに。
 もしかして、例の噂が消え去った要因。そのほとんどが彼女にあるのだろうか
。ならば私は口にしてはいけないことをしたということか。
 むっちゃピンチじゃん、私。助けて萩原くん!大分無理そうだけど。


 その後彼女は何とか窮地を切り抜け、パーティーに参加することが決定した。
清迩の説明によると仮装パーティーらしく、二人はそのための衣装を買いに出か
けているところらしかった。
「となれば彼女にも何らかの衣装が必要になる」
「つまりさ、十六夜。俺にその衣装を用意させろってんだろ?」
 呆れたようにそう呟いて、転がっているスクラップに腰かける鴉歌月賢夜。
「なんでそこまで面倒みなきゃいけないんだよ」
「なあに。彼女は魔女としての潜在能力が高くそして魔力も豊富なのだが、如何
せん普通人、例え魔力を操作できるとしてほんの一部だろう」
「始めに言ったろ、それ。で……ブースターとなる服を作れ、だろ?俺の苦手な
分野100%じゃねーか」
 言いきって彼は壁にもたれて、頭上の壁に張り付く十六夜を見上げた。その猫
の向こうには、まだ明るい空に浮かぶ三日月がみえる。
「なあ十六夜。ほらみろ月がでてる」
「ナヌ?」
 壁に張り付いたまま空を見上げる巨大な黒猫。その目が月を捉えたとき、眼光
に不思議な光がともされた。
「――ほう。よかろう、私がつくってやろうではないか。その代わり賢夜。後の
ことはわかってるな?」
「ああ、任されたよ」
 十六夜は本が化け物だからなのか魔力の生成量が多く、そのくせ、化け猫だっ
た癖に魔力の容量が悪い。だから彼には常に魔力を消費し続ける必要があった。
 しかも月が出ていると、生成量は極端に増大する。そうなると逆に簡単なもの
での消費は、できない。その魔術にそそぎこむ魔力量が無駄に多くなってしまう
からだ。普段は無駄に人に化けたりして消費するのだが――今は、物を生成する。
 十六夜の思考の中で、魔術式が展開。幻影投影式、オプションに魔力ブースタ
ーと式構成要素。生成物は糸。細い細い糸一本をその魔術で想像する――
 思考領域に限界狭し。足りない思考容量を別の魔力で補完......完了。
 賢夜の頭上すぐ上にウィッチハットの幻が出現。それを確認して、十六夜は幻
影投影式を実体化式に連結、ついで投影している空間に対して結界をはり乱数を
大幅に消去。式を構成する回路に次々と溢れる魔力を流し込み、やがて――――
「完了、じゃ」
 ウィッチハットが賢夜の頭にパフッと落ちる。サイズは神野弥雪に会わせてあ
るため、賢夜の視界が覆われた。
「これ、有効期限は?」
 それを被りながら賢夜がきく。
「まあせいぜい十二時間じゃろう。まあいつでも消せるには消せるが」
「ふーん……式構成要素が組まれてるね。これ使った場合は?」
「それを被った状態で魔法を使えば、ブースターを消費して式が走らされ、ただ
のみてくれ帽子になる」
「……マジでか」
「なあに、魔法を使えた場合のワシからのプレゼントじゃ」
「なんてーか、流石じっちゃんだな。投影物体の永久保存だとか、普通やらねえ
、てかやれねえ」
 そこに元からないはずのものなのだから、通常はどんなに実際に似せてもやが
て形が崩れさる。
「さてローブはお前がつくれ」
「わかったよ」

 神野弥雪は路地裏に入っていった。その裏道は彼女の家への近道で、そして鴉
歌月賢夜と十六夜が潜んでいる場所である。が、彼女がそれに気付けるはずがな
い。何か怪しい兄さんでもいないかと入る前に毎回覗く彼女だが、魔術によって
姿を隠している彼等までは察知できない。
 彼女が路地裏の出口に近付いたのを計らって、まず十六夜が姿を表した。
「――!?」
 彼女からには、黒猫が空間から浮かび出てきた様に見えただろう。それで息を
呑んだ後、彼女はその猫の巨大さに気がついて顔を傾げた。
「あれ、あなたあの子の……」
「そうだよ、お姉ちゃん」
 今度は賢夜が走りながら魔術を消して、そして後ろから彼女の側を走りすぎる
際に先程十六夜が作ったウィッチハットとローブを被せて、そのまま魔術を再び
起動。少年と猫はウィッチハットとローブを残して姿を消した。
「え、えっと…………?」
 彼女は当惑するばかり。当たり前だ。仮装パーティに何を着ていこうと考えな
がら歩いていたのだ、現状把握が取り柄の彼女も流石に突然すぎる展開に思考が
ついていけなかった。
 しかしこれだけは誰にでも判るだろう。手元に残されたウィッチハットとロー
ブ、どうみても魔女になれと言われていると言うことを。

<休憩どうぞ(ぇ>

 時刻1830、萩原邸。
 萩原清迩の父がパーティー開始の乾杯を合図し、会場はささやかな喧騒に包ま
れた。
「……うわあ」
 神野弥雪が溜め息をもらした。参加者全員が様々に仮想するなかでも、何故だ
か魔女に返送していたのは彼女だけだったらしく、十六夜の造り出した帽子がや
けに浮いてみえる。
 そして目線が冷たい。
 冷たい。
 ……。
「お、神野」
「あ、萩原くん?」
 聞きなじんた声に振り返る弥雪。その目は期待に満ちていて、それをみた清迩
は苦笑に頬を歪ませた。
 なんたって、彼の変装具合いは――
「――あれ、萩原清迩くんの声が聞こえたような気がしたんだけどなー」
 と頬や目や空気すらも引きつらせて辺りを見回す彼女の様子からご察知しても
らえるように尋常ではない。
 「アレ誰なんだ?」という視線が「あいつら何者」というものに変わっており
、二人に視線を向けるほとんどが隣人とひそひそ噺。中には警察なんて言葉もた
まにでてきていたりもする。
 周囲からみた二人の像その一。赤い大きなトンガリ帽子を被った見掛けない少
女。親戚だけのパーティーのはずなので怪しい。
 その二。刳り貫きカボチャと思われる物体を文字通り被って頭部360度全面
を隠した超弩級不審人物。背中にはなんか本物にしか見えない大鎌を背負って戦
闘準備も万端なジャック・オ・ランタ……被ってる時点でランタンではないか。
 三。その二人が会話し始めた→類は友を呼ぶ≒招待不明の魔女も変人だという
第一印象がばっちり確保☆
 流石の彼女もそれだけは嫌だった。しかし時既にもう遅し、投げ掛けられる視
線に冷たいものや寂しいものは無くむしろ憐れや同情がのせられてる。最悪の状
態一歩手前だった。
 彼女は再びパンプキンマンに視線を戻す。刳り貫かれた目の闇が自分を見つめ
ている。
「えーと……まさかのまさか、萩原清迩くん?」
「そうだけど。声でわかるだろ」
 萩原くんあなたは私に嫌われたいのですか、と彼女は内心で、絶望たっぷりに
そう呟いた。彼女自身、こんなのと一緒にいることをイメージしただけで酷い嫌
悪感を感じている。中身が誰であれ、だ。
「なんて恰好をしてるの……」
 とりあえず溜め息たっぷりにそう言い放つ彼女。それに彼はアハハ、と被った
カボチャを撫でながら答える。
「今から始める劇でこの役なんだ」
「まだ始まってないんでしょ。じゃなんでそんな恰好してるのよ」
「いや、もう始まってるぜ」
 そういって、彼は傍観している群衆の一人にスッと近づき、そしておもむろに
背中の鎌を手にとって、そして――
「――!」
 辺りが、まるで魔法のように静まった中鎌の凶った刃が空気を滑らせ、仮面を
つけたスーツの誰かの首にあてられた。
 ひんやりと伝わる――恐怖の感覚。
「――“Trick or Treat?”」
 カボチャがふと、思い出したように呪文を告げる。寂しささえ感じられる、簡
素な言葉だった。
 もちろん、その仮面の人が何か菓子などを持ってるはずがなく、また、出すも
のと言えばそれは彼奴の命なのでどちらにしろ――いや、“トリック”が命を奪
うものなのか真には判らない。死んだ方がましと言うような仕打も存在している
のだから。
 勿論、彼奴に答えられる余裕などあるはずがない。その喉を軽く押し込むその
刃が例え作り物であれ、それでも殺して見せようという鬼々たる気配が彼女にも
感じとれていた。
 その時、凛と響く救いの手。
「おやめなさい――ジャック」
 その声に清迩――もといジャックと呼ばれたカボチャお化けは鎌をひいた。仮
面の人がその場に崩れおちる。今にも失禁しそうな表情だ。
 皆、声の方へと振り返る。そこには表現するなら女神に例えるしかない女性が
いた。
 それをみてあれ、と彼女はまた首を傾げる。なんかみたことあるんだけど、記
憶のどれにも一致しない。しばらく観察していると女性が右手を左手の甲にあて
て、奇妙に指を曲げたり伸ばしていたりしているのに気付く。あの独特の手の動
き、確か雅香鴻季お嬢様の悪癖として一時期有名にもなったもので、基本不機嫌
な時に表にでる彼女の感情表現。目の前で清迩があんな風体を晒しているのが気
に入らないのだろうか。
 ってあれホントに雅香さん?と弥雪は別の理由で首を傾げた。ウィッチハット
が微妙にずれたが気にしない。てか思考に没頭して気にできない。
 彼女は童話にでてくる様な泉の女神の恰好をしていて、だけど髪は素である黒
い長髪。それでも違和感を感じさせない雰囲気を従えて、彼女はそこにいた。
 それに面向かって、ジャックは――突如、笑いだす。げらげら。からから。凡
ての擬音が含まれる不気味な笑い声。それは反面心地よいものでもあり――凡て
の上に立つものがする笑いだった。
 その嘲笑が響くなか、弥雪は考える。
 てか何コレ。私パーティーに招待されてうきうきだったのが逆に悲しくなって
きちゃったんだけどなー。雅香さんは色気放ってるし萩原くんはいきなり壊れだ
したし。どさくさに紛れて帰っちゃおうかなー。
<……いや、スルーしてください読者様。っておい帰るな弥雪。あ、こら、待ち やがれ――っ!>










――――シバラクソノママデオマチクダサイ――――










 “劇”が終るまで隅っこの方に退散しておこう。彼女はそう決断して会場の隅
っこに移動した彼女は、またもや息をのむ。
「ちょっと――何であんたらがいるわけ?」
「別にいて問題ないでしょ」
 そこに居たのは死神に変装した鴉歌月賢夜と、なんか黒い羽根生やした十六夜
だった。
 弥雪は人混みの方をうかがう。皆さんは劇に夢中になってこちらの方を向いて
いないが、いつみられるか分かったもんじゃない。死神の少年ならまだしも、巨
大な化け猫は目立ちすぎる。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよお姉ちゃん」
「……あんたら、何しにきたの?」
 一応、声を潜めて少年に問いただす。
「ん、パーティー楽しみに」
「…………」
 あれー、と彼女は言葉をなくした。
「正式に招待されているんだよ、僕は。鴉歌月の家系は少なからざるとも萩原に
縁があるからね」
「――――えっと、そういえば名前まだきいてなかったよね」
「あかつきたかや。字は難しいから教えない」
「そのアカツキはまあ萩原くんに縁があるとして――って待った。萩原くんもあ
なたのような魔法使いな訳?」
 実はお金持ちだったと言うことに驚いたばっかだというのに更にそんなのだっ
たら、彼への認識をどう改めればいいのだろうか。彼女はそんな不安にそって質
問をだした。
「いんや。萩原の方もそうだって話は聞いたことがないけど――厳密に言えば、
僕だって魔法使いじゃないしね」
「厳密には?」
「うん。魔法使いじゃなくて、魔術使い。魔術師でもないよ」
 ふーん、と彼女は適当に相づちをいれておく。その魔術使いに魔女として素質
があると言われても彼女からみればやはり外れた存在、それは物語の中だけに登
場してよいものという認識がある。よって、あまり関与したくない。
「――――ところで」
「ん?」
「何で僕のことを魔法使い、と?」
「直感」
「…………」
「…………」
 ……あれ、妙なことでも口走ったかなー、と彼女は猫に目をやる。
「……ん?」
 その猫を蹴った。硬い。
「あれ、これ作り物……」
「――――流石に、あの猫は姿を表せられないよお姉ちゃん」
 少年が呆れ気味に言った。


 しばらくしてカボチャのジャック主演ドッキリ劇も退散し、また喧騒がもどっ
た。
 萩原清迩も雅香鴻季もこんどはちゃんとした仮装をしてパーティーに参加し(
清迩が死神、鴻季が魔女の仮装をしていた)、そして主催者の話によると、これ
以降は完全な雑談だけらしい。だすものは尽した、ということだそうだ。
 で。
 楽しんだ結果、時刻は2000となった。この時間からは各自自由に解散、と
のことで神野弥雪はすぐ帰る事にした。
 正直疲れたから。
 劇が終った後何故か清迩に親類――鴉歌月賢夜含む――一人一人に紹介されて
、その度に微笑んだため頬が、狭い範囲を歩きっぱなしで足が、立食パーティー
だったため腕や手や脚がそれぞれに疲れてしまっていた。
「というわけで帰るね、萩原くん」
「ん、疲れてるなら休憩してったらどう?」
「ううん、部外者はさっさと退散するに限るよ」
「んー……部外者って訳でもないんだけどなあ」
「……どういう意味?」
「意味はまた今度話すよ。じゃ、ね。また明後日学校で」
「じゃ。雅香さんにもよろしく伝えといてね」
 そう別れを告げて踵をかえす。そして出入り口付近。そこで、彼女はまたもや
賢夜にばったりであった。
「……あなた」
「やあお姉ちゃん。また会ったね」
「そうじゃなくて。何で変装が変わってるの?」
 指摘されて彼は、自分の姿を改めて確認する。
 全身を包むようなローブにおおきいウィッチハット。
「これ?雅香お姉ちゃんに着させられてそのまんま」
 何やってるんだあの人。彼女はそう呟いて彼の顔をみる。相変わらず造形され
た様な、若いと言えど性格すら伺えないほどに端正に造形されすぎた顔だった。
確かにこれなら“化け物”系統のコスプレなら似合いそうにないものは無さそう
なのだが。
「……あなた。本当は口調無理してない?」
 見た目にそぐわないことを理由に彼女はきいてみた。
「無理してるよ」
 即答だった。
「しかしそんなことを訊くと言うことは何か、素の口調で喋って良いと言うこと
かい?」
「………………」
 こんどは背丈にそぐわない口調になった。
「別にその口調で良いけど……あなた何歳?」
「見ての通り十三だけど」
 どこが見ての通りなのだろうかっ。
 彼女はもう少し彼――いや、少年のプライベートに迫ってみることにした。
「本名は?」
「鴉歌月賢夜。これが本名」
「字はどんな風に書くの?」
「鴉の歌に月で鴉歌月。賢い夜で賢夜」
「精神年齢――」
「知らん」
「あのでっかい猫は何?今いないけど」
「名前は十六夜、十六夜日記の字そのまんま。で、使い魔」
「使い魔って?」
「使い魔は使い魔」
「あなたの身長は?」
「…………百四十二センチメートル」
「体重」
「四十三キログラム」
「体洗うときどこから?」
「腕」
――<中略>――
「う、うーんと……」
「…………」
「ま、負けた。完敗!」
「何がだよ」
 勝利おめでとうございますー、なんてお祝いをあげる彼女に賢夜は突っ込みを
いれる。
「じゃ、こっちから質問」
「ん、何?」
「姉ちゃんの名前は?」
「…………」
 弥雪は精神に多大なるダメージを被った。
 知らないままに魔法がどうのこうの言ってたのかこの子。
「……神野弥雪です。神に野原の野って書いて神野。弥生の弥に雪で弥雪」
「ふうん、神野、ね。どおりで」
「どおりで?」
「いや、気にしないで。それよりも、魔法使えた?」
 少年は唐突にそんなことを言った。そして返答に困る彼女をおいて続ける。
「君は今、まだなんとか魔法が使える、はずなんだ。僕の所為でね。まあ君自身
どうやって使えばいいのか、あるいは自身に潜む不思議な力が怖いかで使えない
ようだけど」
「……そして多分その全て」
「ふうん。じゃあまた別の質問してみるかな」
「ベタだけど、答えられる範囲なら」
「萩原清迩。彼のことが好きなんだろ?」
「………………」
 やっぱバレてる?てかなんで。バレるような言動は必要以上に避けてるはずな
のに。
 あるいは、そこから逆説的に悟られたのか。
「その気持、彼に言わなくて良いのかい?」
「……そりゃあ、いわなきゃいけないでしょうけど」
 そんなの十三歳そこらの子供に言われるような事じゃない。彼女はそんなこと
を思いつつ、会場を再び見やる。鴻季が清迩に近寄るところだった。
「萩原清迩が君のことを親戚皆に紹介した理由――それを君は、本当はわかって
るんじゃないのかい?」
 囁く賢夜。
 二人は、彼女の送る視線に気付かない。
「――――うん、分かってる」
 では何故、と賢夜は彼女をみた。それに促される様な流で彼女は続ける。
「だけどこの気持は、相手が了承する確信のために言うものじゃない。勇気や恐
怖、過去と未来すべてを捨てたその上で、伝えるべき想いなの」
 彼女は賢夜に振り返り、微笑んで言う。
「なんか――恥ずかしいこと、言っちゃったね」
「いや。綺麗だったよ」
 そう賢夜も微笑み返す。造形された顔に似合わない、自然な笑みだった。
「じゃあ私、帰らなくちゃ」
「魔法なんていらなかったね」
「……うん。サヨナラ賢夜。もうあえないんでしょ?」
「わかってるじゃん」
 そう言って彼は人混みの中心へと歩き始める。彼女は反対方向、邸宅の外へ。

 次の日の朝。弥雪はローブがなくなっていることに気付く。
 ウィッチハットは、残っていた。