――いつから僕は、孤独だったのか。
 戦闘中僕は、何時も片隅でそんなことを考えていた気がする。
 だけどその孤独を守らなければ、僕の戦闘理由をも消えてしまう。
 そう、全ては――――守るためだった。 例えそれが作られし理由だったとしても。

 町の離れ、校区ぎりぎりのところ――ちなみに施設そのものはどこの校区にも属してない
――に紅百合さんの屋敷は存在している。
 ……今目の前にその建物があるのだが、本当に小さな屋敷のような外観だ。一階建ての小
さな屋敷は塀に囲まれており、上に見える屋根は何処かの武道場めいている。
 とりあえずさっさと塀の開けた場所から中に入る。左右から覗ける庭には草が好き勝手に
伸びており、揺らぐ壁のようだ。そんなファンタジーめいたオブジェに囲まれながら、一つ
のバイクがおかれている。
「……?」
 紅百合さんは車を持つ気がないとかいっていたから、お客さんか誰か来ているのだろうか。
とにかくまた悪くなってきた天候を気にしてさっさと玄関をくぐる。
 玄関をくぐると、そこには一直線に短くのびた廊下がある。横の壁にドアは無く、唯一の
出口は向こう側の障子だけだ。で、障子をスライドさせると、家とは思えない場所に出る。
まどろっこしい描写を全て飛ばして例えるなら、そこは道場だ。……もっとも、それも素の
状態であるのならば。何故ならば。その板張りの床に絨毯が敷きつめられているから。
 そして実際に廊下を突破し障子を開ける。とそこには、やっぱり記憶と同じ風景がひろげ
られていた。
「お、来たな陛駈ソラ」
 そういう男前な台詞は飛鳥居紅百合さんのもの。そこに、もう一つ似た感じの声が飛込ん
できた。
「へえ、あれが陛駈ソラ」
 そう言ってあとの声の主は立ち上がる。……背が高い。彼女、185センチメーターはあ
るのではないだろうか。
「初めまして。私は御羅崎緋鳫」
 そう出された手を握り返しながら挨拶を返す。
 ……なんていうか。こんな美人に握手求められるだなんて、この境遇も捨てたもんじゃな
いな。
 その時紅百合さんが急に、実に怪しい笑いを溢した。それにあわせて御羅崎さんも「へへ
へ」と悪戯っぽく顔を歪ませる。何かな、と後ろのササラに振り返っても、彼女はきょとん
とした顔のまま。
「……どうかしたんですか」
 率直に疑問を溢すと、紅百合さんはクツクツクツとやっぱり奇っ怪な笑いを溢して答えた。
「いやあ、今握手の時にさ、お前……本当に幸せそうな顔をしてたからね」
「――なっ!」
「私もそんなに喜ばれると、妙に嬉しいよ」
「まあ、とりあえず座りな」
 何故か妙な視線を感じつつも紅百合さんの指示にしたがって、部屋中央に置かれている円
テーブルについた。……机上にはトランプがある。
「ブラックジャックしてたんですか?」
 突然声を出したのはササラ。御羅崎さんはああ、と軽く流すが紅百合さんは「こいつ、強
すぎて話にならん」と彼女を一瞥した。直後僕を流しみて、
「ソラ、やってしまえ」
 といきなり仇討ちを命じてきやがった。
「へえ、そいつ……強いのか?」
 しかも相手ものる気だし。……まあ、久々にやるのも良いかもしれない。
「親はどちらがしますか?」
「私がやるよ」
 と彼女が山をきり始めた。「チップを互いに五十枚、分配よろしく」
 しかも本格派だった。とりあえず言われた通りにチップを分配し、続いて御羅崎さんが山
札を置いた。
「では、まずは三枚」
 賭ける量を宣言して、互いに一枚ずつひいて、見せあう。こちらはジャック、向こうはク
イーン。次にさっさと二枚目へ。
「――ブラックジャック」
 運良くエースが出てくれた。御羅崎さんの二枚目は2。
 チップ残り数、手前五十六向こう四十四。

 …… ……

 その後、山札が残り半分になった頃から急に負けが増えていって、何とかチップを一枚だ
け残して山札が切れた。御羅崎さんは「しぶといなあ」とか毒付きながらカードの束を操っ
てゆく。
「たくっ。緋鳫、そいつはしぶといんじゃない、まだ本気を出してないだけだ」
 その間、思った通りヤジがとんできた。
「……こらそこ、あおるな」
「はあ? お前、そんなに私の仇討ちが嫌なのか?」
 どうも彼女は、僕が自分の言った通りにならない態度に御立腹のようだ。プライド辺りが
関係しているのだろう。
「違います」
 だけど、あだ討ち云々とかは全く関係無い。ただ、「僕の本気とやらはいかさまに近いじ
ゃないですか」
「へえ。その割にはそのいかさまに近い方法で一枚だけ残してるだろ」
 ……。この人は本当に痛いところをついてくる。そしてそんな不毛な意地の張り合いが半
永久的に続きそうになった時、
「いや、それを言うなら私の本気だっていかさまに近いのだが」
 と思いもよらぬ人物からの発言。発したのは勿論御羅崎緋鳫さんだ。
「手の内を明かすとね、私は一枚一枚全てを記憶していくんだ。どの札が今まで何枚でたか、
ってね。そしてその記憶からどの数字がどれぐらい残っていて、且つどれぐらいの確率で出
るか――数字にまではしてないながら――予測している」
「……はあ」
 ……なんだ。こんな相手になら、使ってもいいかもしれない。むしろ使わずに負けてみろ、
後の紅百合さんからの何かがとてつもなく恐ろしいぞ――!?
「では次の手から本気でいきます」
「初めからいけよ、畜生が」

「――降参だ」
 再び山札が切れたときに突然、御羅崎さんがそう告げた。
「ふふっ、どうだ! いくら全ての札を覚えたところで、所詮ソラには叶わないのさ!」
 そう発言する紅百合さんを無視して、御羅崎さんは僕に言う。
「お前の本気って、なんなんだ? 二十でもあえてひきにいくその度胸か、それともそれでも
エースを引き当てる運の良さか」
「……多分両方とも含まれていますが。勘です」
 ハア? と彼女は目をしばたかせた後、なんだそりゃと呆れ顔になった。
「つまりお前は、手持ちの数が何であろうと、勘だけでひくかひかないか判別してるってこ
とか。未来予知なんて……イカサマか?」
「いいや、勘だからイカサマじゃあないだろう。まあカジノでは願い下げだろうけどな」
 そんな風に平然と答える紅百合さん。それに彼女は「だろうねえ。それでイカサマなら自
分もイカサマになっちゃうし」と相槌を打つ。何か間違ってる気がしないことないが、とり
あえず「そうですね」と相槌をうっておく。
「さて、私の気も晴れたし……この家に住むための注意事項、というか約束事がいくつかあ
る」
「ああ、荷物を置いてこなきゃいけませんね――して、僕の部屋は?」
 そんな風にいいながら荷物へとよってスタンバイをした。だけど直後、あらゆる思考が停
止させられた奇跡の意味が脳へと響く。
「先に人の話を聞け。ついでに言うと、個室だなんてこの家にない」
 ――――ハ? と軽く力みすぎながら彼女の方を再びみる。
「あの、お母さん……それって、陛駈さんもこの部屋で寝るということですか?」
 その発言にようやく、会話には入れなかったらしいササラが口を開けた。それに紅百合さ
んが勿論だとも、と何故か意気込みながら言い切るのを見て顔を赤くするのは当然だろう。
――――よかった。ちゃんとした感覚の持ち主がいて本当に良かった。って問題はそこじゃ
ないだろ。
「ちょっ、紅百合さん」
「別に廊下とかで寝てもらってもいいのだかな、如何せん寒いのだ。他に睡眠として適切な
部屋はないことはないがそこは私の仕事場だしな」
 仕事場って、ったく、どうせ私事場と表記するべきだろう。
「まあ妥協してくれソラ」
「……なら何故僕を呼んだのですか」
 それは施設から出た時から考えていた疑問だ。だけど、言ってしまってからやっぱ言わな
い方が良かったと後悔する。紅百合さんのことだ、どうせ常人が考えるようなまともな理由
はあるはずかない。
 彼女は片手をあげて、そんな嫌な予感を現実へと引き下ろすように、言った。
「なーに、色々と家事の負担を減らしたいだけだ」
 とりあえず用意したトラップを発動させる。
「食費とか学費がかさむでしょう」
「学費はお前の貯金からおりてるだろが。食費がかさむのはちょっとアレだが、勿論お前に
も調理をしてもらう」
 う、と思わず場にいる全員を見回す。紅百合さんは楽しそうに僕をみており、ササラは何
故か期待のこもった目で、事を傍観する人は今にも笑いだしそうだ。
 そこで、笑いを噛み殺した様子の声が紅百合さんへ向けられる。
「なあ、そいつ料理が下手だったらどうするんだ?」
「何、それは八年前に確認済みだ」
 ……今しがた、まあ、何て上品に驚いたのは誰だ。いや、全員か。
「あの、陛駈ソラさん」
「…………」
 無言でササラの方をみる。今の声の調子――――どうやら袋小路のようだ。
「よろしくおねが」
「わかったよ! まかされてやるよ、こんちくしょうっぅ!」