空は水面のように揺れて、それに合わせて揺れ入る光のせいか、まるで水底にいるようだ。
いや本当にここは淵底なのかもしれない。透き通る空気はサラサラと冷たく、空間そのもの
には何かが満ちている様。
 そしてその、不思議な世界をトボトボと歩く。
 目にするのはみたことのある風景のよう。どこかでみたような家、どこかでみたような商
店街、どこかでみた学校――そして、同じく道。それは普段住んでいる街なんだって、しば
らくしてからやっと気付けた。
 うん、だから納得できた。どうしてみたことがあるのか、どうして違うと思えるのか。だ
けどそれがどうしたって言うのだろう。普段の街とは違うけど、ここだって明らかにその街
なんだから。
 そこであれ、と足を止める。何かが矛盾しているようだったけど――何が矛盾していると
言うのだろう。
 そうしてまた歩き始めた。目的地は不詳、ただ勘が足を運ばせるままに。
 やがて家へと入り、道場めいた居間を抜け、廊下へと出る。するとそこでやっと人に逢え
た――――

 ――――……、
「――ん」
 ちょっとしたうめきに目が覚めた。あたりはまだ暗く、その色の乏しい視界で、まだ夜な
んだと気が付けた。
 聞こえる吐息は二つだけ。片方はこの体からで、もう一つは今にも途切れそうだ。
 その息の主、母――紅百合さんをみる。彼女は今宵もまるで死に寝入るかの如く、だ。だ
けどそんな彼女の向こう、寝ているはずの誰かが見当たらない。
「……外、なのかな」
 フワッと霞んだ情景が脳裏に浮かんで、多分そうかな、って外にでた。
 居間の裏、台所や紅百合さんの書斎にまわる廊下に出る。すると、彼がそこにいた。
「ソラ、どうしたの?」
「……空が綺麗だから」
 帰ってきた返事はそれだけ。あとはただ、ガラス張りの壁を見上げるばかり。何となく側
について一緒に見上げる。昼とは逆だなあ、と嬉しく感じる。
 目的の空は閑に星の光を届かさせて、昼間の碧が嘘みたいだった。
「…………静かだね」
「うん、閑か。こんなに静かすぎると虚ろだよね」
 となりに座りあう者同士、満月を通じて会話しているようだ。
「それは、いつもじゃないの?」
「確に何時だって虚ろ。だけどこんなに閑だと……それが、空だけじゃないような気がする
んだ」
 特に今夜は、あの幻月が欲しくなるほど素朴だった。
 華美を求めるわけでなく、誰かを魅了させるためでないその美しさ、それを彼が気に入っ
ているのなら――私に、そんな心があるのか寂しく思う。これは私に対する告発だ。何故だ
か知らないけど、彼に見られていたいんだって。
 祭日なのをいいことに、二人、ずっと朝を待ち続けた。