「よっ、今日も邪魔するよ」
 勝手知ったる他人の家、そんな声と共に玄関が開けられたようだ。
「――あれ、御羅崎さん?」
「そうか、今日は水曜だったな」
 さて、と立ち上がる紅百合さんは何故か生き生きとしている。だけど水曜だから、なんだ。
何か約束事でもしてるのか。
『御羅崎さん――日曜と水曜に決まってくるんですよ』
 その時、ササラがそっと耳打ちしてきた。
『決まってくるとは言え、この時間はちょっとあれじゃないか? 平日なのに』
 ちなみに現在時間は午前六時三十八分。席を立った紅百合さんは門へと向かわず、廊下に
出た。
『いえ……これでも遅いんです。普段は六時ちょっと前ですから』
『……。マジか』
 調理のためにどちらにしろ五時半に起きないといけないのだが、でも六時前にこられるの
は――いくら美人とはいえ、気が引ける。
 その時玄関に続く戸が開けられた。
「やあおはよう、ササラとソラ。――ん、ベニュは?」
「そんな妖怪人間めいた名前なんて知りませんよ。あ、もしかしてここにいるんですか? 不
明の第五人目」
 ササラが噴飯しかけた。って笑えたか、今の?
「おいおいササちゃんササちゃん、この程度で噴飯だなんて」
「ちょっと浅すぎないか?」
 なんだかとてつもない言葉が出てきそうだったのでシリだけもらう。
「――てかさ、ソラもソラ」
「え?」
「なんで妖怪人間なんか知ってんのさ。私の世代ですらほぼ全滅だってのに」
 加えてお嬢がしってたとも思えないしなー、なんて腕組みしながら御羅崎さんは呟く。
「――えっと、ビデオがあるんです、この家」
 返したのはササラだ。とりあえず自分は箸を進める。
「え、何、ビデオ? 妖怪人間ベムが、DVDじゃなくてビデオで!?」
「はい、あるんです、全話。整備もしてますからちゃんとみれますよ」
 そういうササラは、何処となく自慢気だ。もしかしたら、整備してるのはササラなのかも
しれない。
「マジか。紅百合のヤツ――さりげなくとんでもないお宝物保有していやがって……」
「――たしかに、ビデオはこの家でしかみたことないなあ。もしかして、他にあったりする
?」
「はい。お化けのQ太郎とかヤッターマンとか北斗の拳とかキテレツ大百科とかデビルマン
とか……」
 ……ダメだ。全然分からない。御羅崎さんの顔色が青くなっていく理由も含めて。
 その時、その奇っ怪な物共の所有者が舞い戻ってきた。
「あーあー、チェス盤探すのに苦労しちゃったよ。……ん、緋鳫、やけに顔色が悪いようだ
が、」
「セーラームーンとかキューティーハニーとかキン肉マンとかラーメンマンとか」
「ササラもササラで何言ってるんだ?」
 未だ続けるササラから留意をはずして、御羅崎さんはドタドタと紅百合さんに近付いてい
き、「――――こんの、アニオタがぁああああぁぁぁっ!!!」と「……天空の城ラピュタ
とか……」まで届けと言わんばかりの怒号を発した。耳が一時機能停止するそんななかでも
唇動かすササラを、小突いて止める。
 ……ササラって、何かおいしいキャラだな。
「――――――――アニオタとは心外だな」
「十分アニオタじゃあこのアマ。しかもかなり古いの限定……」
「コレクターと言ってくれ、せめて。私は声優の名前や声、セリフを覚えてたりしないから
な」
 ……あの二人、よくも平然と会話続けられるなあ。障子が軽く破けたというのに。ってか
そんなんでよく鼓膜が無事なんだ?
「うるせえな」「どっちが」「旧式の映像記録装置を使ってる時点であれだ」「DVDは物
によっては処理落ちする可能性があるだろ」「処理落ちって、お前……ああそういうことね。
でも普通ねえだろ」「いや、ある。初めて買ったヤツで再生したらヤバかったな、あれは」
「それ中古だろ、絶対。しかもかなり格安の。それとビデオだったら巻き付いたらどうする
んだよ」「何、いつもの手で復元するさ」「ちょっ、お前」
「……もしもーし。ご飯ですよー。もう七時ですよー」
 ほおっておいても止まりそうに無いので呼び掛ける。紅百合さんはそう言えばまだだった
な、と食卓に再就いたが、僕とササラは逆に立ち上がる。台所までの空となった食器運搬の
ため。
「ああ! お前達、待っていてくれても良いだろ!?」
「何のために待てって言うんですか、何のために」
「そりゃお前、私の尊厳維持のために決まってるだろ」
 一瞬の、静寂。どうも理解するために意識が時の狭間に一瞬だけはまり込んだようだ。
「――では先に失礼します。行こ、ササラ」
「ひでえ! 座りかけたササラをっ! って待て! 話せばわかる!」
 そんな風に――死に対するような台詞で――泣きわめく紅百合さんと、心底楽しそうにク
ツクツ笑う御羅崎さんを後目にササラを引き連れて廊下に出た。
 そしてその直後。
「奮えるぞハート、燃え付きるほどヒート! 刻むぞ血液のビートッ 喰らえサンライトイエ
ローオーバードライブ!!!!」「WRYYYYYYYYYYYyyy!!」
 奇声とも怒号ともとれる不思議な二つの雄叫びが、壁一枚後ろから聞こえてきた。
 加えて物凄い衝撃音。――――いったいあの二人は何をやっているのか。そして居間は無
事なのかっ。
 ってかそれ以前に。週2回朝っぱらからこんなテンションになるのか……? すんごい嫌な
んですけども。