不思議な夢をみる。それは、町を歩く夢だ。
 町と言っても普段の町で、奇妙な点を複数除けばただただ孤独に感じるだけだ。
 奇妙な点その一。町は満たすのは、気体でなく液体。
 奇妙な点その二。町は原型のまま廃墟。
 奇妙な点その三。歩く自分は、不明な目的地へと向かう。
 奇妙な点その四。その目的地に、誰かがいる。
 そして僕は、今宵もまた夢に落ちている。
 サラサラと流れる空間はその正体が信じられないほどにきらびやか、揺れつつさしこむ光
こそ幻想そのものの様で。そんな中、またもやいつもの場所向かって足が動かされる。
 毎夜ランダムで始まる場所から目的地までは最短距離しか歩けず、だから未だこの町の構
造が、リアルと合致するのかどうかは実は定かでない。道だけを通るのならば既に判別はつ
いているだろう。だけども最短ならば他人の家の中、屋根の上、下水管の中までも歩くのだ、
この足は。そして今は塀の上、自分でも呆れるぐらいスムーズな足取りを、やっぱり他人が
みれば呆れるぐらい呆けながらみる。
 やがて目的地を含む家に踏み込み始めた。さ、もうすぐあの場所だ――――……

「さ、もうすぐつくぞー」
 七月初めの日曜日、前回ササラの言った時間通りに来た御羅崎さんに連れられて、ピクニ
ックに出かけていた。
 移動手段は御羅崎さん所有のバン。……中に独特の臭いが染み付いている。
「……緋鳫さん。ここらへんってアレしかないでしょう」
「たしか特別霊園、だっけ」
「ああ、そこが目的地だよ」
 そんなことをサラッと言いながらハンドルを豪快に切る御羅崎緋鳫お姉さま。肩になんか
ぶつかった。
「ってちょっと待ておねえ! ピクニックだろ!? それなのに霊園!?」
 中部座席に座ってる人が代わりに突っ込んでくれた。
「お兄ちゃん、レーエンって何?」
「墓場だ、輝希。一応一般常識に含まれるから覚えておけ」
「ん、わかった」
 霊園、霊園……と小さく呟き始めたのは御羅崎輝希、御羅崎緋鳫さんの妹。でそのとなり
に座るのが御羅崎透で同じく弟。しかしそれでも輝希さん――ちゃんの方がふさわしいよう
な――はササラと同年齢、透が高校三年生らしい。
「あそこは本当に特別な霊園だからな、擬似公園と化している。そうだろ、ソラ?」
「擬似公園と言えど霊園は霊園です」
 緋鳫さんはえー、なんて反応を返して来た。
「くそっ、やっぱ行き先聞きだしてからついてくるべきだった」
 肩に乗ったササラの顔をどかしなから呟く。が、激しいエンジン音のせいで自分の耳に軽
く届いた程度。……何だか、虚しい。
「他に行きたいとこある人いるかー? 近場限定な」
「えー、お姉ちゃん、詳しいはずないじゃない」
「ここら辺に来るのはじめてだしなあ」
 と、そこで二人はなぜか期待する目で後ろを見やる。……なるほど、さっきの言動から察
されたか。
「僕が知るのは軍施設ぐらいですよ」
「却下、ってか何だ、お前そういう趣味だったか」
「で今日はたしかそこで航空ショー」
 その時、助手席で寝ていた紅百合さんが「なんだって、航空ショー!?」と事故時並にシー
トベルトを引っ張って飛び起きた。それに驚いたのか、車体が大きく揺られる。わ、辺りか
らプープーと。それに対して「気が短えなあ」と緋鳫さんが呟いたのを僕は逃さなかった。
……まあどうでもいいか。それよりもこの状況で起きないとなりの人が気にかかるから。
「……あのー、私何か言いましたよね」
「言いましたね、紅百合さん。ですから早く続きをどうぞ」
「くそっ、そうきたか。私が寝てる合間に皆で『紅百合さんの存在を無視しよう』とか皆で
話し合ったのかと思ったよ」「うそつけ。寝る真似してただけだろが」「な、バレてた!?」
「この私に対してそんな子ども騙しがきくとでも思うたかっ」
 ハーハッハッハッハッハッ、と笑い始めた緋鳫さんに透さんが「で、どうするんだよおね
え」と額に手をやりながら呟く。はたしてそれは彼女に届いたのか、
「まあ航空ショーにするか」
 やっぱりあっけからんという口調で決定された。

 航空ショーのために設けられた広場は、やっぱり人でいっぱいだった。
「――どこに停めろと言うんだ……」
 緋鳫さんの再三の毒付き。それはまあ今回はしょうがないだろう。本来駐車場となってい
るはずの場所はもはや人溜めと化しているからだ。それにしても一体この御時勢にどこから
集まってきたというのか。
 ……いや、この御時勢に航空ショーをやる方がどうかしてると言うべきか。
「お姉ちゃん」
「どうした、輝希」
「別に近くじゃなくてもいいじゃない」
「…………あー、そうだった。で、ソラ」
「ちょうど良さげなところなんて知りませんよ」
「いや、私は知ってるぞ」
 紅百合さんがそう言っのを聞き届けて、緋鳫さんはそうか、と呟いたその直後。
 助手席からどの擬音で表現すればいいのか判らない衝撃音がした。
 そこを観察する。助手席からのびる見慣れない棒は緋鳫さんの肩に接合していて、先端は
紅百合さんの頭の辺りにある。もっともとっさの回避行動で彼女の頭部はそこにないのだが。
「っぁ、危ないだろうが!?」
「あらやだ! 粉砕するつもりだったのに……いや、つもりですから」
 とガシッと紛れもなく聞こえた擬音。そこからミシミシと軋む音を意思的に聴覚に入れて
しまう。
「やめっ、一体私が何をしたというのだ!?」
「強いて言うなら別に何もしてないけどね」
「なら何故」
 何故かって? と緋鳫さんは横からみても極上の笑顔をつくった。……真正面から、且つ頭
を握り潰されつつある紅百合さんからみたらとてつもなく怖いだろうなー。
「さっさとその場所言いやがれこのヤロウ☆」
「わかっ、わかりました。言おうと思いますのでまずこの手をはなしてくださいませ。そし
てこの人混みから出てください」
「あいわかった」
 紅百合さんから手をはなした彼女は物凄い加速度でバック。僕の膝を枕にして寝ていたサ
サラが転がり落ちた。僕自身は前の座席に頭突きをお見舞いさせられていた。
 しばらく走ってその場所が見えてくる。紅百合さんが誘導した場所は、なんとホテルだっ
た。
 緋鳫さんのいぶかしげな視線を無視して、紅百合さんはさっさとホテルに入る。すると、
「こんにち、は――あ」
 途端に入口嬢の様子がおかしくなった。
「こんにちは、希玖。いい声だけどちょっと流暢さに欠けるね。
 で、屋上の鍵を貸してくれ」
「あ――は、はい」
 そうぎこちなく返事して希玖と呼ばれた受付嬢は、後ろの棚に手をかける。その時、入れ
替わるようにでてきた男性が、「オーナー、クユリから連絡が入ってます」と僕達に向かっ
て言った。皆がへ?、と軽く困惑する中紅百合さんだけが平然と「航空ショーの後にしてく
れ」と返す。
 五人の視線が、一瞬で紅百合さんへと向けられた。だけど彼女は気にする風もなく、案内
を始めた希玖さんについてエレベーターへと向かう。……皆、仕方がなくついていった。
 狭い匣の中に入り、蓋が閉められる。すると音もなく、体にかかる重力が増した。
「オーナー。いつも思うのですが、よく十三階建てに出来ましたね」
 キクさんが次々入れ替わる階数表示を見つめながら言う。
「あー、色々ともめたけどな。別に十三階は客用じゃないからとか言う単純な理由で決行さ
れたよ。ま、実際に建てる人たちにとっちゃ縁起悪いっからありゃしないな」
「で、なんだ、紅百合。私たちは今その十三階段を昇ってると言うわけか。いつ絞首刑に決
定されたんだ?」
 緋鳫さんの呆れを含む言動。それに紅百合さんは質問に答えず、
「何を苛立っているんだ?」
 と返した。エレベーターは現在十階を通過したことを示す。
「なんでこんな良さげなホテルを持っていたことを隠してたんだよ!?」
「お前のことだ、友の縁で安く泊めてくれといいだすからな」
「っお前、私のことをそんな目で……畜生っ、その通りだよ!」
 御羅崎緋鳫さんがそう叫び終えると同時に、扉が開かれた。回数表示は、先ほどまで存在
してなかったRを示している。短い通路を受付嬢の希玖さんは先に進み、朱で大きく×が刻
まれたドアの鍵を開けて、横に身を引いた。紅百合さんは彼女に軽く礼を言いつつそこを開
け、振り返って言う。
「先に屋上に上がっててくれ」
 ドアの向こうは快晴だ。
「え、母さんはどうするのですか」
「何、飲み物とか取りに行くだけだよ」
「あ、私にまかせてください、マスター」
 希玖さんが控え目に申し出た。だけど紅百合さんは「お前は受付嬢だろ」と短く返した。
彼女は軽くお辞儀をしてエレベーターへと一人乗り込む。
 直後緋鳫さんが用心深く、言う。
「下手物じゃあるまいな」
「ああ、全員青汁を一リットルずつ……ってそんなわけねーよ、莫迦。とりあえず希望を聞
いておくか」
 と紅百合さんは軽く見渡す。真っ先に反応したのは緋鳫さんの弟妹二人だった。
「私輝希はオレンジジュースをキボーしますっ」
「じゃ、俺はジンジャーエールでも」
「ん、輝希。出来れば何パーセントが良い?」
「超濃縮500%でっ……!」
 輝希さんは怪しくそう述べる。
「待て待て待て待て待て待て。そんな飲み物がこの世の何処にある」
「悪ぃ、ウチにはあるんだ、そんな飲み物が。輝希、残念だが100%で我慢しろ」
「うん」
 続けて緋鳫さんは不適な笑いを溢して、言った。……妙に艶かしかったのが印象に残って
る。
「そして私はだな紅百合、ブラッドジュースを三リットル」
「自分の腕にでも牙たてていやがれ。で、ササラとソラはいつも通りで良いな?」
「はい」「お願いします」
「じゃ先に行っててくれ」
 そう行って紅百合さんはエレベーターのスイッチを押した。その他は皆外へと足を進ませ
る。その間際、激しいジェット音が耳に入った。
「始まったか――っ」